インシデントレポートとは?アクシデントとの違い
目次
インシデントレポートは、書くのが苦手だという声がいちばん多い書類です。理由ははっきりしていて、書くと自分が責められる気がするからです。レポートの枚数が評価に使われている職場では、なおさら手が止まります。
この記事では、インシデントレポートが何のためにあるのか、アクシデントとどう違うのか、そして書いたあとどう使われるのかを整理します。書き方の型そのものは別の記事に分けました。
結論:インシデントレポートは「起きたことを集めて、次を防ぐための材料」
インシデントレポートとは、事故には至らなかったものの、そのおそれがあった出来事を記録して報告する書類のことです。誰が悪かったかを記録する書類ではありません。
ポイントはここです。この書類の目的は、個人の責任を追及することではなく、同じことがもう一度起きる筋道を見つけることにあります。だから、集まる枚数が多いほど職場は安全に近づきます。枚数が少ない職場は、安全なのではなく、見えていないだけということがあります。
医療の現場では以前から使われてきた言葉で、介護や保育の現場でも同じ考え方が広がっています。呼び名は職場によって違い、ヒヤリハット報告書、気づきシート、安全報告と呼ばれることもあります。呼び名が違っても、集めて分析して次に生かすという役割は同じです。
インシデントとアクシデントの違い
2つの言葉は、結果が出たかどうかで分かれます。
インシデントは、誤った行為が起きたが患者や利用者に影響がなかった、あるいは影響が及ぶ前に気づいて止められた場合を指します。アクシデントは、実際に影響が生じてしまった場合です。
現場で迷うのは、その境目です。薬を間違えて用意したが飲ませる前に気づいた、これはインシデント。飲ませてしまったが体に変化がなかった、これは職場によって扱いが分かれます。「影響が無かった」と「影響が出なかった」は違うからです。
一般には、影響の度合いでレベルを分けて整理する考え方が使われています。0から5などの段階を置き、レベル0が「間違いが起きたが実施されなかった」、レベル1以上が「実施されたが影響はなかった」といった形です。段階の切り方は施設によって違うので、自施設の基準がどうなっているかを先に確かめます。
レベルの段階は自施設のものを使う
段階の切り方は全国で1つに決まっているわけではありません。病院で広く使われている分け方を、介護や保育がそのまま借りていることもあります。
よくあるのが、0から5の6段階です。0が「間違いは起きたが実施されなかった」、1が「実施されたが影響はなかった」、2が「観察の強化が必要になった」、3以上が「治療や処置が必要になった」といった形で上がっていきます。
大事なのは、段階そのものより、職場の全員が同じ基準で付けていることです。人によってレベル2が3になったり1になったりすると、集計したときの数字が意味を持ちません。
段階を付ける人も決めておきます。書いた本人が付けると、控えめな数字になりがちです。受け取った側が付け直す形にしている施設が多く、そのほうが集計の精度が上がります。
判断に迷いやすい場面を3つほど選んで、具体例つきで紙に書いておくと、ばらつきが減ります。「配薬を間違えたが飲む前に気づいた場合はレベル0」というように、自施設で実際に起きたことを例にするのが効きます。
どこまで書くのかで迷ったら
いちばん多い質問が「これは報告する範囲か」です。判断に迷うものは、迷った時点で報告する側に寄せるのが基本になります。
理由は2つあります。1つ目は、報告しなかったものは分析できないからです。2つ目は、同じ場面で次の人がもっと深く踏み込む可能性があるからです。今回は気づいて止められたことが、次は止められないかもしれません。
もう1つ、報告しない判断をした理由も残せると強くなります。「今回は範囲外と判断した」と分かる形にしておくと、あとから見直すときに基準の当たり外れが分かります。
逆に、報告の範囲を広げすぎると枚数が増えて、集める側が読みきれなくなります。そこで実務では、必ず報告するものと、任意で報告するものを分けている施設があります。薬、転倒、誤嚥、離設のように影響が大きくなりやすいものは必ず、それ以外は気づいたときに、という形です。
範囲を決めたら、紙に書いて掲示します。口頭の申し合わせだと、人が入れ替わったときに基準が動きます。
書いた人が責められない仕組みをつくる
この書類がいちばん機能しなくなる原因が、書いた人が責められることです。一度でもそれが起きると、その職場では報告が止まります。
止めないために決めておくことが3つあります。1つ目が、レポートを人事評価に使わないと明言すること。枚数が多い人が注意されるようでは、誰も書きません。
2つ目が、書式から個人を責める欄を外すことです。「なぜ確認を怠ったか」という欄があると、書く側は言い訳を書くことになります。代わりに「どういう状況だったか」を書く欄にします。人ではなく状況を聞く欄になっているかを、一度見直す価値があります。
2つ目については、書式を作り替えるだけで枚数が倍になった施設があります。責める欄を1つ消すことの効果は、研修を1回やるより大きいことがあります。
3つ目が、報告したあとに何が変わったかを返すことです。出しっぱなしで何も起きなければ、書く意味がないと思われます。月に1度でよいので、「この報告があったので、置き場所を変えました」と共有します。
書くのに時間をかけさせない
報告が減るもう1つの原因が、書くのに時間がかかることです。夜勤帯に30分かかる書式では、書く前に諦められます。
減らす手は3つあります。1つ目が、選ぶだけで済む欄を増やすことです。場所、時間帯、種類。選択肢から選べる形にすれば、自由に書くのは状況の部分だけになります。
2つ目が、自由記述の欄を1つに絞ることです。「発生時の状況」「原因」「対策」と3つ書かせる書式が多いのですが、原因と対策は書いた本人が考えるものとは限りません。現場が書くのは状況まで、分析は委員会でという分担にすると、現場の負担がはっきり減ります。
3つ目が、書く場所を現場に置くことです。事務所まで戻らないと書けない形だと、その場で書けません。
目安としては、1枚5分で書けるところまで軽くします。5分を超えると、忙しい日には出てこなくなります。書く時間を実際に測ってみると、思っていたより長いことが分かります。
委員会で扱うときの進め方
集めたレポートは、多くの施設で事故防止の委員会にかけます。この場の進め方で、対策の質が変わります。
やりがちなのが、1枚ずつ読み上げて終わる形です。時間だけかかって、何も決まりません。代わりに、先に分類してから、多いところだけ深く見る形にします。
進め方は3段です。1段目に、前月分を種類と場所で数えます。2段目に、いちばん多かった塊を1つ選びます。3段目に、その塊だけ原因を層で分けて、対策を1つ決めます。1回の委員会で決めるのは1つでよいという割り切りが要ります。
決めた対策には、誰がいつまでにやるかを付けます。ここが空だと、次の月も同じ話になります。前月に決めたことがどうなったかを最初に確認する形にしておくと、決めっぱなしが減ります。
議事録は、実地指導で見られる部分でもあります。報告が上がっていたのに委員会で扱われていないという状態がいちばん説明しにくいので、扱った事実は残しておきます。委員会の記録の残し方は身体拘束適正化委員会にも共通します。
集めたあと、どう使うのか
集めるだけで終わっている施設が多いのが実情です。使い方を決めておくと、書く側の納得も変わります。
使い方は3つあります。1つ目が、件数の傾向を見ることです。時間帯、場所、種類で数えます。夜勤帯に集中している、同じ居室で続いている、といったことが見えてきます。
2つ目が、原因を層で分けることです。本人の状態、職員の動き、環境、仕組み。同じ転倒でも、床が濡れていたのか、人手が足りなかったのか、本人の状態が変わっていたのかで、打つ手がまったく違います。
3つ目が、対策を決めて期限を付けることです。「注意する」は対策になりません。物を動かす、手順を変える、人の配置を変える。このどれかに落ちてはじめて、次に効きます。
分析の結果は委員会などで共有し、記録に残します。実地指導では、報告があったことよりそのあと何をしたかが見られます。
介護と保育では、別に義務の報告がある
インシデントレポートは施設の中の仕組みですが、それとは別に、行政へ報告する義務が定められている事故があります。ここを混同しないようにします。
介護では、一定の事故について市町村へ報告することとされています。保育でも、重大な事故について自治体へ報告する仕組みがあります。施設内のレポートを書いたから行政への報告は不要、にはなりません。
対象になる事故の範囲や期限は、保険者である市区町村や自治体によって運用が違うことがあります。自施設がどこへ、いつまでに、どの様式で出すのかは、所在地の市区町村の介護保険担当課や、都道府県の指導監査部門にご確認ください。詳しくは市町村への介護事故報告にまとめました。
保育や訪問の現場では形が変わる
インシデントレポートは病院で育った仕組みなので、そのまま持ってくると合わない場面があります。
保育では、対象が子どもなので「本人の状態」の見方が変わります。前日の睡眠、朝の機嫌、保護者からの申し送り。事故の前の情報が、病院よりも保護者側にあるのが特徴です。だから報告の欄にも、登園時の様子を書く場所があると役に立ちます。
訪問介護では、そもそも職員が1人で、目撃者がいません。何が起きたかを後から確かめる材料が少ないので、その場で書けることを増やす工夫が要ります。写真を1枚撮っておく、時刻だけでもメモする、といった形です。
共通しているのは、その場で残さないと残らないという点です。事務所に戻ってから思い出して書くと、時刻が丸まり、順番が入れ替わります。書式を現場に置いておくことが、どの形でもいちばん効きます。
なお、保育の重大な事故については自治体への報告の仕組みが別にあります。保育の事故報告にまとめました。
続いている職場と、止まった職場の違い
同じ書式を使っていても、報告が続く職場と止まる職場があります。違いは3つに絞られます。
1つ目が、上の人が最初に書くかどうかです。管理者や主任が自分の気づきを最初に出すと、書いてよいものだという合図になります。逆に、現場の若い職員ばかりが書いている職場では、すぐに止まります。
2つ目が、返ってくるかどうかです。前の節でも触れましたが、これがいちばん大きい。出したものが何かを動かした実感があるかどうかで、次を書くかが決まります。
3つ目が、報告の場が別にあるかどうかです。レポートを書いても、朝礼や申し送りで一言共有されなければ、書いた本人以外には届きません。書類と口頭の両方が回っている職場は、内容も濃くなります。
逆に、効かなかった手もあります。枚数の目標を決めることです。1人月1枚という目標を置くと、月末に中身の薄いものが並びます。数を増やしたいなら、書きやすくするほうが先になります。
まとめ
インシデントレポートは、事故に至らなかった出来事を集めて次を防ぐための材料です。アクシデントとは結果が出たかどうかで分かれます。個人の責任を問う書類ではありません。
まず手を付けるなら、いまの書式に個人を責める欄が無いかを見るところからです。次に、報告したあと何が変わったかを月に1度返す形にすると、枚数が戻ってきます。
報告が集まらない職場で最初にやることは、研修でも指導でもありません。書式を軽くして、責める欄を消して、返す。この3つだけで枚数は戻ります。
なお、行政への報告が必要な事故の範囲や期限は、市区町村によって運用が違うことがあります。最終的な判断は、所在地の市区町村の介護保険担当課や都道府県の指導監査部門にご確認ください。
インシデントレポートは、集まってはじめて意味を持つ書類です。1枚では何も分かりませんが、100枚たまると職場の弱いところがはっきり見えてきます。書きやすくすることが、そのまま安全につながります。
集める仕組みが回り始めると、事故そのものの件数より先に、職場の見えていなかった部分が見えてきます。そこが分かるだけでも、置く価値のある書類です。
よくある質問
インシデントとアクシデントはどう違いますか。
一般には、影響が生じなかった場合をインシデント、実際に影響が生じた場合をアクシデントとして分けています。段階の切り方は施設によって違うため、自施設の基準を確かめます。
インシデントレポートは誰が書くのですか。
気づいた人が書くのが基本です。当事者に限らず、発見した人が書く形にしている施設もあります。
報告する範囲はどこまでですか。
迷ったら報告する側に寄せるのが基本です。そのうえで、薬や転倒など影響が大きくなりやすいものを「必ず報告」として分けておくと、現場が迷いません。
レポートの枚数が少ないのは良いことですか。
安全だからとは限りません。報告しにくい空気があると枚数は減ります。件数だけで判断せず、内容の傾向を見ます。
匿名で書いてもよいですか。
施設の運用によります。ただし、あとから状況を確かめる必要が出ることがあるため、記名としたうえで責めない運用にしている施設が多くあります。
報告を人事評価に使ってもよいですか。
使わないと明言しておくことが、この仕組みが回るための前提になります。枚数が多い人が注意されるようでは、報告は止まります。
分析は誰がやるのですか。
書いた本人に原因と対策まで求める書式が多いのですが、現場が書くのは状況までにして、分析は委員会で行う分担にすると、報告の質も枚数も上がります。
行政への報告とは別ですか。
別です。施設内のレポートを書いても、行政への報告義務が無くなるわけではありません。対象と期限は市区町村にご確認ください。