権利擁護とは?介護の現場でできる具体的な形
目次
権利擁護という言葉は、研修や指針によく出てきます。ところが、日々のケアの中で何をすれば権利擁護になるのかというと、具体的な形が出てきません。言葉だけが浮いている状態になりがちです。
この記事では、権利擁護を、何を守るのか・現場でできる形・制度とのつながりの3つに分けて整理します。読み終えたときに、明日から何をするかが決まる状態を目指します。
結論:自分で決められる状態を保つこと
権利擁護とは、本人が自分のことを自分で決められる状態を守り、それが難しいときに支えることです。
介護の現場では、身体拘束の適正化、虐待の防止、苦情への対応、個人情報の取扱いなど、複数の仕組みがこの考え方の上に乗っています。
ポイントはここです。言葉を覚えることではなく、日々の場面で選べる形にすることです。服を選ぶ、食事の量を決める、起きる時間を決める。小さな選択が守られているかどうかが、そのまま権利擁護になります。
「本人が言わないから」「認知症だから」と決めてしまう場面が、いちばん起きやすいところです。
現場でできる4つの形
日々のケアの中でできることを、4つに整理します。
1つ目は、選べるようにすることです。服、食事、入浴の時間、過ごし方。2つ以上の選択肢を示すところから始まります。
2つ目は、説明することです。これから何をするか、なぜするか。移乗、更衣、おむつ交換。声をかけずに始めないのが基本です。
3つ目は、聞くことです。本人が言葉で言えなくても、表情や体の動きで伝えていることがあります。
4つ目は、記録に残すことです。本人が何を望んだか、どう答えたか。残っていないと、次の人が同じことをやり直します。
1つ目と2つ目は、今日からできます。3つ目と4つ目は、少し時間がかかります。
判断が難しい人への関わり
認知症などで判断が難しい場合、どこまで本人に決めてもらうかで迷います。
考え方は3つの段階です。
1つ目は、決められる範囲を探すことです。すべてが難しいわけではありません。今日の服は選べるかもしれません。
2つ目は、伝え方を変えることです。選択肢を2つに絞る、実物を見せる、時間をかける。伝え方で決められるようになることがあります。
3つ目は、本人の意向を推し量ることです。過去の暮らし方、家族からの情報、日ごろの反応。勝手に決めるのではなく、その人ならどうするかを考えます。
「認知症だから決められない」と一括りにしないのが要点です。場面によって、決められることと難しいことが分かれます。
推し量ったことは、記録に残します。なぜそう判断したかが残っていれば、後から説明できます。
個人情報の取扱い
権利擁護の一部として、個人情報の扱いがあります。介護の現場では、日常的に機微な情報を扱います。
決めておくのは4つです。
1つ目は、同意の取り方です。利用の開始のときに、何にどう使うかを説明して同意を得ます。
2つ目は、外部へ出す範囲です。ケアマネジャー、医療機関、他のサービス事業所。必要な範囲に絞ります。
3つ目は、写真や動画の扱いです。行事の写真、記録のための撮影。別に同意を取る形が一般的です。
4つ目は、事業所内での扱いです。誰が見られるか、どこに置くか。健康や家族の情報は、見られる範囲を絞ります。
3つ目が抜けやすいところです。広報やウェブサイトに使う場合は、使い道ごとに同意が要ります。
成年後見制度とのつながり
指針に「成年後見制度の利用支援」を書くことが求められています。制度の中身まで詳しくなる必要はありませんが、つなぎ方は知っておきます。
どんなときに出てくるか。判断が難しくなり、契約や金銭の管理が本人だけでは難しい場合。
誰につなぐか。地域包括支援センター、市町村の窓口、社会福祉協議会。
事業所は何をするか。制度の存在を伝え、相談の窓口につなぎます。手続きそのものを事業所が行うわけではありません。
家族がいない、家族と連絡が取れないという場面で必要になることがあります。そのときに慌てないよう、つなぎ先を紙に控えておきます。
日常生活自立支援事業など、後見制度より軽い仕組みもあります。どちらが合うかは、相談先が判断します。
研修でどう扱うか
権利擁護の研修は、言葉の説明だけだと残りません。場面で考える形にします。
使いやすい題材が3つあります。
1つ目は、身近な場面を出すことです。「服を選んでもらう時間がないとき、どうするか」。正解を教えるより、話し合うほうが残ります。
2つ目は、自分に置き換えることです。「自分が同じ場面にいたら、どうしてほしいか」。
3つ目は、うまくいった例を共有することです。「この人はこう聞いたら答えてくれた」。できなかった話より、できた話のほうが広がります。
研修の記録には、実施した日、内容、参加者を残します。虐待防止や身体拘束の研修と合わせて行う形も取られています。
記録に残す形
権利擁護は、記録に残さないと後から見えません。残す場所は3つです。
1つ目は、ケアプランです。本人の意向、望む暮らし方。本人の言葉で書いてあるかを見ます。
2つ目は、日々の記録です。選んでもらったこと、断られたこと、こちらの提案にどう答えたか。
3つ目は、同意の記録です。個人情報、写真、医療行為に関する説明と同意。
「拒否あり」とだけ書かれた記録は、本人が意思を示したことの記録でもあります。何を嫌がったのか、何なら受けてくれたのかまで書くと、次につながります。
小さく始める
権利擁護を大きく捉えると、何から始めればよいか分からなくなります。小さく始める形を3つ示します。
1つ目は、1つの場面を決めることです。「朝の服選びだけは必ず2つ見せる」。それだけを1か月続けます。
2つ目は、記録の1行を変えることです。「入浴拒否」ではなく「入浴を勧めたが『寒い』と断られた。午後に足浴を提案し、受けてもらえた」。
3つ目は、委員会の議題に1つ入れることです。月に1回、権利擁護の視点で1つ場面を出します。
全部を変えようとすると続きません。1つ変えて、定着したら次に移ります。
苦情や相談の窓口とつなげる
権利擁護は、困ったときに相談できる先があることとセットです。窓口がなければ、言えないまま終わります。
つなげる先は4つあります。
1つ目は、事業所の苦情受付です。担当者の名前と連絡先を、契約書と重要事項説明書に書いてあります。玄関にも掲示します。
2つ目は、市町村の窓口です。介護保険の担当課、高齢者虐待の相談窓口、地域包括支援センター。ここは事業所を通さずに直接かけられます。
3つ目は、国民健康保険団体連合会です。サービスの苦情を受け付けているとされています。第三者の立場で入ってきます。
4つ目は、運営適正化委員会です。社会福祉協議会に置かれていて、福祉サービスの苦情を扱います。
4つを並べて掲示します。事業所の窓口だけを書くと、「ここに言っても仕方がない」と思われた時点で行き止まりになります。外の窓口も並んでいることが、事業所の側の姿勢を示します。
窓口に相談が入ったことを事業所が後から知る場合もあります。そのときに身構えないことです。相談された内容を記録に残し、委員会で扱う形にしておくと、次に同じことが起きません。
家族との関わりで気をつけること
権利擁護では、本人と家族の意向が違う場面が必ず出てきます。ここが実際にいちばん難しいところです。
よくあるのは3つです。
1つ目は、本人が帰りたいと言い、家族が帰らせたくないという場面です。どちらの言い分にも理由があります。事業所が片方の代弁者になると、もう片方との関係が壊れます。
2つ目は、本人の金銭に家族が関わっている場面です。年金の管理、預貯金の引き出し。本人が使いたいものに使えているかを見ます。使えていないと感じたら、地域包括支援センターに相談します。
3つ目は、家族が面会に来ない場面です。来ないこと自体を責める話にはしません。ただし、本人が会いたいと言っているなら、その言葉は記録に残して伝えます。
事業所ができるのは、本人の言葉を消さずに残すことです。意向が食い違うときに、どちらが正しいかを事業所が決めることはできません。決めるのは本人であり、判断が難しければ成年後見などの仕組みに引き継ぎます。
記録には、本人がどう言ったか、家族がどう言ったか、事業所が何をしたかの3つを分けて書きます。混ぜて書くと、あとから誰の意向だったのか分からなくなります。
職員が気づくための仕掛け
権利擁護は、意識の持ち方だけでは続きません。気づける仕掛けを現場に置きます。
置き方は3つあります。
1つ目は、問いかけの形にすることです。「今の声かけを、自分の家族にできますか」。標語より問いのほうが、その場で立ち止まれます。
2つ目は、場面を持ち寄る時間を作ることです。月に1回、15分で構いません。責める場ではないことを毎回最初に言います。
3つ目は、記録の様式に一言欄を作ることです。「本人が言ったこと」を書く欄を1つ置くだけで、本人の言葉が残るようになります。
3つとも、費用がかからない形です。権利擁護は予算を取って始める話ではなく、いまの記録と会議に1つ足すところから始められます。
まとめ
権利擁護とは、本人が自分のことを自分で決められる状態を守り、それが難しいときに支えることです。身体拘束の適正化、虐待の防止、苦情への対応、個人情報の取扱いが、この考え方の上に乗っています。
現場でできるのは4つ。選べるようにする、説明する、聞く、記録する。最初の2つは今日からできます。
判断が難しい人には、決められる範囲を探す・伝え方を変える・意向を推し量るの3段階で関わります。「認知症だから決められない」と一括りにしないことが要点です。
成年後見制度は、事業所が手続きを行うものではなく、気づいて、伝えて、つなぐ役割です。つなぎ先を紙に控えておきます。制度の詳細は、地域包括支援センターや市町村に確かめるのが確実です。
よくある質問
Q. 本人が「どちらでもいい」と言う場合は。 A. 決められないのか、本当にどちらでもよいのかを見ます。選択肢を2つに絞る、実物を見せるなど、伝え方を変えると答えられることがあります。それでも同じなら、その日はこちらで決め、記録に「どちらでもよいとのことだった」と書きます。
Q. 家族の意向と本人の意向が違う場合は。 A. まず本人の意向を確かめます。そのうえで、家族の心配がどこにあるかを聞きます。両方を記録に残し、ケアプランの見直しやサービス担当者会議で調整します。どちらか一方だけで決めないことが要点です。
Q. 写真の同意は、いつ取りますか。 A. 利用の開始のときに、使い道ごとに取る形が一般的です。事業所内の掲示、広報誌、ウェブサイトで扱いが変わります。後から使い道が増えたときは、改めて同意を取ります。同意の撤回ができることも伝えます。
Q. 権利擁護の研修は、年に何回必要ですか。 A. 権利擁護そのものの研修の回数が定められているわけではありませんが、虐待防止や身体拘束適正化の研修に回数の定めがあります。それらと合わせて行っている事業所が多くあります。所管の自治体に確かめます。
Q. 成年後見制度を、事業所が申し立てられますか。 A. 申立てができる人は法律で定められています。事業所が直接行う形にはならないのが一般的です。市町村長による申立ての仕組みがあるため、家族がいない場合などは市町村に相談します。
Q. 日常生活自立支援事業とは何ですか。 A. 判断に不安がある方の、日常的な金銭の管理や福祉サービスの利用の支援を行う仕組みです。社会福祉協議会が担っています。後見制度より軽い支援が必要な場合に使われます。詳しくは社会福祉協議会に確かめます。
Q. 「拒否」とだけ書く記録は問題ですか。 A. 間違いではありませんが、次につながりません。何を嫌がったのか、どう伝えたのか、何なら受けてもらえたのか。ここまで書くと、次の職員が続きから試せます。本人が意思を示したことの記録でもあります。
Q. 時間が無くて、選んでもらう余裕がありません。 A. すべての場面で選んでもらうのは無理です。1つの場面を決めて、そこだけは必ず選んでもらう形から始めます。朝の服、飲み物、座る場所。1つ定着したら次に移します。
Q. 個人情報を他の事業所に渡すとき、毎回同意が要りますか。 A. 利用の開始のときに、連携する範囲を説明して包括的に同意を得る形が一般的です。ただし、当初の説明を超える範囲に渡す場合は、改めて同意が要ります。何にどこまで同意を得たかを記録に残します。
Q. 権利擁護と身体拘束の関係は。 A. 身体拘束は、本人の行動の自由を制限するものなので、権利擁護の観点からは原則として行わないことになります。3要件を満たす例外の場合も、期限を決めて見直すのは、制限を最小限にするためです。
Q. 本人の判断が難しいとき、家族の同意だけで進めてよいですか。 A. 家族に法的な代理権があるとは限りません。成年後見人が選任されていれば代理できますが、選任されていない場合は、家族の同意が代理の同意になるわけではないとされています。市町村や地域包括支援センターに相談してください。
Q. 相談があったことを、家族に伝えますか。 A. 本人が伝えてほしくないと言っているなら伝えません。伝えるかどうかは本人に確かめます。よかれと思って伝えたことで、本人が次から相談できなくなる形がいちばん多く起きています。
Q. 権利擁護の研修は、虐待防止の研修と分けますか。 A. 分けなくて構いません。虐待防止の研修の中で、権利擁護の考え方を先に置く形が使われています。ただし記録には、どちらの内容をどれだけ扱ったかを書いておきます。
Q. 掲示した窓口の連絡先は、どのくらいの頻度で確かめますか。 A. 年に1回は確かめます。市町村の担当課は組織改編で名前や電話番号が変わります。つながらない番号が掲示してあると、窓口が無いのと同じになります。