高齢者虐待の通報とは?義務の範囲と通報先
目次
同僚の言動が気になる。けれど、これを通報すると職場がどうなるか分からない。自分の思い過ごしかもしれない。そう考えているうちに、何も言えないまま時間が過ぎる。介護の現場でいちばん動きにくい場面です。
この記事では、高齢者虐待の通報を、義務の範囲・通報先・通報した人の保護の3つに分けて整理します。読み終えたときに、迷ったときに動ける状態を目指します。
結論:施設の職員には、通報の義務がある
高齢者虐待の通報とは、虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合に、市町村へ知らせることです。高齢者虐待防止法にもとづくものです。
介護施設の従事者には、業務従事者による虐待を発見した場合、速やかに市町村へ通報しなければならないとされています。努力義務ではなく義務です。
ポイントはここです。「虐待を受けたと思われる」で足ります。確信がなくても、確かめてからでなくても、通報できます。事実の認定は市町村が行います。
「証拠がないから」「確信が持てないから」と待っているうちに、状況が続きます。判断する立場ではないことを、職員に伝えておきます。
義務の範囲
通報の義務は、状況によって範囲が変わります。整理すると3つです。
1つ目は、施設の従事者による虐待です。自分が働く施設の職員による虐待を発見した場合、通報の義務があります。生命や身体に重大な危険が生じているかどうかに関わらず義務とされています。
2つ目は、養護者(家族など)による虐待です。生命や身体に重大な危険が生じている場合は義務、それ以外は努力義務とされています。
3つ目は、他の施設で起きたことを知った場合です。訪問先や病院での様子から気づいた場合も、通報できます。
1つ目がいちばん重い扱いになっています。施設の中で起きたことを、中の人しか気づけないためです。
通報しなかった場合、施設の側の責任が問われることがあります。気づいていたのに放置したという形がいちばん重くなります。
通報先
通報先は、市町村です。高齢者の福祉を担当する部署、あるいは地域包括支援センターが窓口になります。
夜間や休日の連絡先も確かめておきます。市町村によって、当直の窓口が用意されていることがあります。平日の日中しか知らないと、その時間まで待つことになります。
連絡先は、指針とは別に1枚の紙にして貼っておく形が実務的です。職員全員が見られる場所に置きます。
匿名での通報も受け付けられます。ただし、施設の従事者としての通報は、誰が通報したかを市町村が把握しているほうが、その後の確認が進みやすくなります。
通報した人は保護される
いちばん心配されるのがここです。通報したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いを受けないとされています。
あわせて、通報したことによる守秘義務の違反にはならないとされています。「利用者の情報を外に出した」という形にはなりません。
この2つを、研修で必ず伝えます。知らないから通報できないという状態が、いちばん多い形です。
とはいえ、制度で守られていても、職場に居づらくなることはあります。相談できる外部の窓口(市町村、地域包括支援センター)も、あわせて知らせておきます。
迷ったときの動き方
虐待かどうか迷う場面のほうが多くあります。迷ったときの順番を決めておくと動けます。
1つ目は、見たことを記録することです。いつ、どこで、誰が、何をしていたか。解釈ではなく事実を書きます。
2つ目は、相談することです。虐待防止の担当者、管理者、あるいは外部の窓口。1人で判断しないことが要点です。
3つ目は、通報するかを決めることです。迷うなら通報の側に倒します。事実の認定は市町村が行います。
管理者自身の言動が気になる場合は、社内の経路が使えません。そのときのために、外部の窓口を知らせておきます。
記録は、その日のうちに書きます。時間が経つと、細かいところが曖昧になります。
通報した後に何が起きるか
通報すると、市町村が事実の確認を行います。流れを知っておくと、構えずに済みます。
1つ目は、事実確認です。市町村の職員が、施設に来て確かめることがあります。記録の提出を求められることもあります。
2つ目は、必要な措置です。指導や助言、改善の勧告など。状況によっては、利用者の保護のための措置が取られます。
3つ目は、施設からの報告です。改善の内容を報告することになります。
通報=即座に処分、ではありません。多くの場合、事実確認と指導から始まります。
施設の側としては、隠さずに協力するほうが結果として軽く済みます。記録が整っていれば、確認もすぐ終わります。
起きたときの社内の動き
通報とは別に、社内でもやることがあります。5つです。
1つ目は、利用者の安全の確保です。まず、同じことが起きない状態にします。担当を外す、配置を変えるなど。
2つ目は、事実の確認です。関わった職員、周囲の職員、可能なら本人から聞き取ります。
3つ目は、家族への説明です。何が起きたか、どう対応するかを伝えます。
4つ目は、原因の検討です。委員会で、なぜ起きたかを見ます。その人の資質だけに置かないことが要点です。
5つ目は、再発防止です。配置、教育、負担の見直し。
2つ目で、関わった職員を責める形にしないことです。事実を確かめるのが目的で、追い詰めると本当のことが出てきません。
起こさない体制をつくる
通報が必要にならないのがいちばんです。予防として効くのは3つです。
1つ目は、負担を見ることです。人手、時間外、休みの取得。余裕を失ったときに起きやすいとされています。
2つ目は、不適切なケアの段階で拾うことです。虐待は突然起きるのではなく、気になる言い方から連続しています。
3つ目は、相談できる相手がいることです。職員が「これは大丈夫か」と聞ける相手がいれば、そこで止まります。
この3つは、虐待防止委員会の議題そのものです。委員会を回すことが、そのまま予防になります。
研修で伝える3つ
通報についての研修では、伝えることを3つに絞ります。
1つ目は、義務であることです。施設の従事者による虐待を発見した場合、通報の義務があります。努力義務ではありません。
2つ目は、確信が要らないことです。「虐待を受けたと思われる」で足ります。事実の認定は市町村が行います。
3つ目は、通報した人が保護されることです。不利益な取扱いを受けない、守秘義務の違反にならない。
3つ目を知らない職員が多くいます。知らないから通報できない、という状態がいちばん多い形です。
通報先の連絡先も、研修のたびに確かめます。夜間や休日の連絡先まで含めて、紙に控えておきます。
通報したあとの事業所の動き
通報は、した時点で終わりではありません。そのあとに事業所がすることがあります。
することは4つです。
1つ目は、利用者の安全を確保することです。関わった職員の配置を変える、複数で対応する。本人と対象の職員を離します。
2つ目は、記録を保全することです。関係する記録を集めて、書き換えられない形にします。
3つ目は、家族に伝えることです。伝える内容と時期は、市町村と相談して決めます。
4つ目は、調査に協力することです。市町村が行う調査に、記録と説明を出します。
2つ目を先にすることが大事です。時間が経つと、記憶も記録も変わります。その日のうちに、関係する記録の写しを取る運用にしておいてください。
起きたあとに事業所が問われること
虐待が確認された場合、事業所の体制そのものが問われます。
問われるのは4つです。
1つ目は、委員会を開いていたかです。
2つ目は、指針があったかです。
3つ目は、研修を行っていたかです。
4つ目は、担当者を置いていたかです。
4つは、起きる前から求められているものです。起きてから整えても間に合いません。記録が残っていることが、そのまま体制の証明になります。
処分や指導の内容は、事案と自治体によって違います。通報を受けた市町村がどう動くかは、所轄の市町村に確かめておくと、いざというときに慌てません。
まとめ
高齢者虐待の通報は、施設の従事者による虐待を発見した場合、市町村へ通報する義務があります。生命や身体への重大な危険の有無に関わらず義務です。
「虐待を受けたと思われる」で足ります。確信がなくても通報でき、事実の認定は市町村が行います。判断する立場ではないことを、職員に伝えておきます。
通報したことを理由に不利益な取扱いを受けないこと、守秘義務の違反にはならないことが定められています。この2つを研修で必ず伝えます。
迷ったときは、記録する・相談する・通報するの順です。管理者自身が対象の場合に備えて、外部の窓口も知らせておきます。通報先と夜間の連絡先は、所管の市町村に確かめて紙に貼っておきます。
よくある質問
Q. 確信が持てない場合でも通報してよいですか。 A. 「虐待を受けたと思われる」で足ります。確かめてから通報する必要はありません。事実の認定は市町村が行うため、判断を抱え込まないことが大事です。迷ったときは、通報の前に市町村や地域包括支援センターへ相談することもできます。
Q. 通報したことが同僚に知られませんか。 A. 市町村には、通報した人を特定させる情報を漏らさないようにする仕組みがあります。ただし、小さな事業所では状況から推測されることもあります。外部の窓口に相談する道も用意しておくと、動きやすくなります。
Q. 家族による虐待に気づいた場合は。 A. 生命や身体に重大な危険が生じている場合は義務、それ以外は努力義務とされています。訪問系のサービスでは、家族による虐待に気づく場面があります。状況を記録し、ケアマネジャーや地域包括支援センターと共有します。
Q. 通報すると事業所が処分されますか。 A. 通報が直ちに処分につながるわけではありません。事実確認と、必要に応じた指導や改善の勧告から始まります。隠していたことが後から分かるほうが、重い扱いになります。
Q. 本人が「大丈夫」と言っている場合は。 A. 本人が言いにくい状況にあることがあります。とくに認知の状態によっては、訴えられないこともあります。本人の言葉だけで判断せず、見たことを記録して相談します。
Q. 経済的な虐待も通報の対象ですか。 A. 虐待の類型には、身体的、介護放棄、心理的、性的、経済的の5つが挙げられています。年金や預金の使い込みも対象になります。施設の職員による場合も、家族による場合もあります。
Q. 通報の様式はありますか。 A. 市町村が様式を用意していることがあります。電話でも受け付けられます。様式がなくても、いつ・どこで・誰が・何をしていたかが伝われば足ります。記録を手元に置いて電話すると、話が早く進みます。
Q. 通報した後、記録の提出を求められますか。 A. 求められることがあります。日々の記録、事故の記録、勤務の記録など。日ごろから記録が整っていれば、確認の作業がすぐ終わります。求められてから作ることはできません。
Q. 職員に通報の義務があることを、どう伝えますか。 A. 研修で扱います。義務であること、通報した人が保護されること、通報先の連絡先。この3つを毎年伝えます。紙にして掲示しておくと、いざというときに見られます。
Q. 虐待ではなく、不適切なケアだと思われる場合は。 A. 通報の対象でなくても、記録に残して委員会で扱います。不適切なケアは虐待と連続しているため、その段階で止めるのがいちばん軽く済みます。判断に迷う場合は、市町村に相談することもできます。
Q. 通報の前に、園内で事実確認をしますか。 A. 確認を待つ必要はありません。「思われる」段階で通報できます。確認に時間をかけている間に、状況が続きます。並行して社内の確認を進める形になります。
Q. 他の職員から相談を受けたが、自分では判断できません。 A. 虐待防止の担当者や管理者に伝えます。1人で判断しないことが原則です。社内で相談しにくい場合は、市町村や地域包括支援センターに相談できます。
Q. 通報したことを、事業所の中で誰まで知らせますか。 A. 知る人は絞ります。通報した人が分かる形にしないことが大事です。管理者と、対応に必要な範囲だけにしてください。
Q. 家族から虐待が疑われる場合も通報しますか。 A. 養護者による虐待についても、通報や相談の仕組みがあるとされています。窓口は市町村や地域包括支援センターです。施設の職員によるものとは扱いが違うので、所轄の市町村に確かめてください。
Q. 通報した内容が事実でなかった場合、責任を問われますか。 A. 虚偽や不当な目的でない限り、通報したことで責任を問われない扱いとされています。「思われる」段階で通報してよいことが前提になっています。判断に迷う場合は市町村に相談してください。
Q. 事業所として市町村に相談する形でもよいですか。 A. 構いません。ただし相談と通報は別のものとして扱われることがあります。どちらのつもりで話しているかを、その場で伝えてください。記録にも残します。
Q. 通報の窓口の連絡先は、どこに掲示しますか。 A. 職員の見える場所と、利用者や家族の見える場所の両方です。夜間や休日の連絡先も忘れずに書いてください。年に1回は、つながるかを確かめます。
Q. 通報の義務を職員に伝えるとき、脅すような伝え方にならないか心配です。 A. 義務であることは事実として伝え、そのうえで通報した人が守られることを必ず添えてください。守られることを知らないまま義務だけを伝えると、かえって報告が出なくなります。
Q. 退職した職員が関わっていた場合も通報しますか。 A. 通報の対象になるかは事案によります。退職していても、その時点での行為が問題になります。所轄の市町村に相談してください。